第26回品川セミナー
平成24年7月6日(金) 17:30より
岩田博夫(再生医科学研究所、教授、所長)
高分子材料を医療へ活かす
材料には無機材料、金属材料と高分子材料の3つがある。本研究分野では、高分子材料の医療への適用を目指して研究している。まず、生体と高分子材料との相互作用を理解し、これを基に種々の治療用デバイスの開発を行ってきた。近年より自然な治療法として再生医療が注目されてきた。再生医療への高分子材料の応用として、I型糖尿病の治療法の開発を目指して研究しているので紹介する。
インスリン分泌細胞を移植するI型糖尿病患者の治療は、患者数も多く、再生医療として最も期待されている。特に患者由来のiPS細胞を用いた場合には、拒絶反応さえも心配ないと言われている。しかし、ここで注意すべきことは、I型糖尿病は自己免疫反応により膵臓の細胞が破壊されて発症する病気である。このため、患者自身のインスリン分泌細胞を移植すると、発症時と同じ自己免疫反応により移植細胞は殺されてしまう。免疫反応のコントロールは必須である。高分子材料を用いた細胞表面修飾は、副作用などの懸念がある免疫抑制剤を使用せず、インスリン分泌細胞に適した機能発揮環境を提供する試みであり、インスリン分泌細胞移植によるI型糖尿病の治療において、その果たす役割は大きい。
末盛博文(再生医科学研究所、准教授)
ES細胞と再生医療
私たちの体を構成する多種多様な細胞も元々は1つの細胞である受精卵に由来するものです。つまり受精卵は体のどのような種類の細胞であれ作り出す能力を持っていることになります。このような能力は多能性と呼ばれ、多能性を持つ細胞は受精卵を含め、発生の非常に早い時期にのみ存在し、着床後のしばらくすると失われてしまうと考えられています。胚性幹細胞(Embryonic Stem Cells; ES細胞)は、初期胚の多能性を持つ細胞を、培養皿の中で増殖出来るようにした(株化すると言います)ものです。培養環境を適切に維持すれば、ES細胞株は多能性を保持したまま事実上無限に増殖を続けることができるとされています。iPS細胞もES細胞と似たような性質を持ちますがES細胞とは作り方が異なります。これらの細胞は「万能細胞」と呼ばれることもありますが、正しくは「多能性幹細胞株」と総称されます。
ES細胞などの多能性幹細胞の医療への応用では、細胞移植医療に用いる様々な機能細胞の供給源として利用できるのではないかと期待されています。細胞を移植することによる様々な病気の治療は白血病の骨髄移植による治療などのように現在も行われているものがあります。しかしながら多くの場合、移植に用いる細胞の供給源が非常に限られていることが大きな問題です。そこで、ES細胞が持つ多能性と増殖能を活用して移植に必要となる機能細胞を無制限に供給できるようになれば、この問題が解決できるのではないかとの期待がかけられています。ES細胞の医療応用では、アメリカですでに実用化へ向けての臨床試験が開始されています。たとえば、Advanced Cell Technology 社は網膜色素細胞をES細胞から作製し、先天性の網膜色素変性症の臨床試験を開始しています。いまのところES細胞を用いた細胞移植医療の安全性の評価を主な目的としたもので、実施例も少なく有効性については明らかでない段階にあります。このようにES細胞の医療応用は始まったばかりで、ほんとうの意味での実用化のためには解決が必要な問題が数多く残されていると考えられています。このセミナーでは、ES細胞の臨床利用へ向けたさまざまな取り組みや、問題点ついて解説します。
多能性幹細胞株の利用
ヒトES細胞