第48回品川セミナー
平成26年5月2日(金) 17:30より
河本 宏(再生医科学研究所・教授)
iPS細胞技術を用いたがん特異的キラーT細胞の再生
-がんの免疫細胞療法の革新的戦略-
iPS細胞は、どんな細胞にでも分化できる「万能細胞」です。自分の血液細胞からiPS細胞をつくって、それを使って自分の体の傷んだところを修復する・・・近い将来、そんな夢のような再生医療が、可能になることでしょう。
私達は、そんなiPS細胞を利用して、がんの免疫細胞療法を開発するという研究に取り組んでいます。本セミナーでは、この取組みについてお話しします。
血液の中を流れている白血球は、病原体から体を守る働きをしています。白血球を大きく分類すると、好中球、単球、リンパ球に分けられます。好中球や単球はリンパ球にはB細胞とT細胞とがあります。B細胞は抗体をつくり、つくられた抗体は病原体を阻止する力を持っています。T細胞には、B細胞が抗体をつくるのを助けるヘルパーT細胞と、感染細胞やがん細胞を殺すキラーT細胞があります。今回は、このキラーT細胞の話をします。
キラーT細胞が感染細胞やがん細胞などを見つける時は、T細胞レセプターという分子を使います。がん細胞の場合は、がん細胞しか出していない特別なタンパク質がでていることがあり、それがキラーT細胞の標的となる時は、そのタンパク分子をがん抗原といいます。そのタンパク分子は細胞内で分解され、短い断片になります。断片化したタンパク質をペプチドといいます。このペプチドが抗原としてHLAという分子の溝に挟まれた状態で提示されます。T細胞レセプターは、このペプチド抗原とHLAをセットで認識します。
がん患者の中で免疫がどうなっているか見ましょう。がん患者の体内には、がん抗原に反応できるキラーT細胞は少数ながら存在しています。それなのにどうしてがんが治らないかというと、さまざまな免疫抑制の仕組みが働くため、それらのキラーT細胞が十分に機能できないからです。
現行のがん免疫療法は、がん患者の体内にあるわずかなキラーT細を患者の体内、あるいは体外で刺激して、さらに働かせようとするものです。一定の効果は観察されているのですが、そうして活性化されたキラーT細の寿命は短く、がんに対する免疫反応が持続しません。そのため、「治してしまう」という事はなかなかできません。これが現行の免疫療法の最大の課題となっています。
この問題を解決するために、私達はiPS細胞技術を利用しようと考えました。患者のT細胞からがん特有の分子に反応できるT細胞を選び出し、そのT細胞からiPS細胞を作製します。
T細胞はT細胞レセプターを使ってがんに特有の分子を見つけ出します。そのT細胞レセプターは、遺伝子を切り貼りすることでつくられています。ですから、T細胞からiPS細胞を遺伝子再構成によって作られたT細胞レセプター遺伝子の構造が受け継がれています。そのため、そのiPS細胞からT細胞を再生させると、新生T細胞は全てががん抗原特異的になります。
iPS細胞の段階で好きなだけ増やせますから、治療に使う細胞も好きなだけ作れます。
私達はヒトのメラノーマ(悪性黒色腫)に特有のMART-1という分子に反応できるキラーT細胞からiPS細胞を作製しました(Vizcardo et al, Cell Stem Cell, 12: 31, 2013)。次にこのiPS細胞からキラーT細胞を分化誘導しました。生成したキラーT細胞のほとんど全てはMART-1分子に反応できるT細胞レセプター遺を発現していて、MART-1分子を培養中に加えることで刺激することができました。
現在、この再生T細胞が生体内でちゃんとがん細胞を殺してくれるかどうか、動物実験で検証しようとしています。また、他のがん抗原についても、同じようにキラーT細胞を再生できるかどうか、調べようと考えています。
iPS細胞の臨床応用については、第一義的には欠損した組織の再生による補完が考えられていますが、その対象となる疾患は、そう多くはありません。本研究によって、がんという疾患を対象とする可能性が出てきました。この戦略が実用化できれば、iPS細胞技術により生死に関わる病気を救うことができる事になり、また対象となる患者の数も、桁違いに広がるといえます。