附置研究所・研究センター


最終更新日
2020/02/10


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京都大学附置研究所・センター
Kyoto University Institutes and Centers (KUIC)


第68回品川セミナー
平成28年1月8日(金) 17:30より
松林 公蔵 (東南アジア研究所 教授)

“老い”を考える−本邦・アジアでのフィールド医学の現場から−

 

超高齢社会日本

日本は現在、世界一の超高齢社会である。図1は、1950年から2050年までの日本の年齢別の人口動態の推移と予測を示したものである。日本の人口は有史以来、時に多少の停滞はあったものの総じて増加し続けてきたが、2006年を契機として減少に転じた。21世紀の日本は、人口の減少とともに人口構造の高齢化が一層進行する。とくに、75歳以上の後期高齢者は、今後20年間に1000万人増加して倍となり、65歳−74歳の前期高齢者を数のうえではるかにうわまわる。日本の人口構造は長い間、一人の高齢者に対して子ども4人という構成をとってきたが、2050年には、高齢者5人に対して子ども1人という構造となる。21世紀の日本の社会の枠組みは大きくかわらざるを得ない。

フィールド医学の創出

“Ageing in Place”とは、「住み慣れた地域でその人らしく最期まで」という考え方で、近年、世界中にひろまりつつある概念である。私は、1990年から、高知県香北町を起点に、病院医療のみならず、病院から地域にでてゆく「フィールド医学」を展開してきた。

病院を中心とした医療はこれまで、急性期疾患の救命と寿命の延長に多大な貢献をもたらした。しかし、病院医学が高度に専門分化した結果、医師はその専門の臓器病変のみに関心を集め、それ以外の問題を顧みる余裕がないのも実情であろう。

高齢者がどういうふうに暮らしており、どんな仲間や家族がいてどんなものを食べ、日常生活の上でどんな医学的課題を抱えているのか、また、生きがいに関する智慧とはいったい何か、こういった問題は病院中心の医療ではほとんどみえてこない。

病院における患者さんのありようは、いわば「仮の姿」である。種々の慢性疾患をかかえた高齢者のほんとうの姿は、あくまで生活の場である家庭や地域にある。したがって、ありのままの高齢者の医学的問題をすくい上げようとするならば、医療スタッフのほうが高齢者が暮らしている地域にでていって、さまざまな自然環境、文化的背景のなかで暮らす高齢者の姿をとらえなければわからない。

私たちが、病院から地域や家庭にでていった“フィールド医学”の消息はこのような認識によっている。

老年医学で重要な6つの“D”

高齢者医療における課題は多々あるが、私たちは、そのなかでも6つの“D”を重視している。すなわち、(1)Disease (疾病の概念)、(2)Disability(生活機能障害)、(3)Dementia(認知症)、(4)Depression(抑うつ)、(5)Diabetes(糖尿病)、(6)Death(看取り)である。

高齢者医療は子どもや成人を対象とする従来の医療とは、質的に異なった面がある。従来の医療が標準的、普遍的な性格を持つのに対して、高齢者医療はすぐれて多様性をもった個人的なものである。通常の医療が生命を至上とするのに対して、高齢者医療では日常生活機能(ADL)とQOLを重視する。一般医療の最終的目標が疾病の診断・治療にあるのに対し、高齢者医療の目標はADLを含めた多面的な要因を評価し、生活の自立とQOLの維持向上をめざす。一般医療には高度な専門性が要求されるのに対して、高齢者医療では学際的なチームワークが要請される。通常医療の主たる場が病院であるのに対し、高齢者医療・介護の場は多くの場合、家庭であり地域である。その意味で、通常医療は臨床的であるが、高齢者医療・介護はどちらかというと臨地性(フィールド)が重視されねばならない。私たちは、「豊かな老い」というものを、図2のように考えている。

本講演では、うえに述べた“6D”を中心に、本邦ならびにアジアの諸地域〔図3−5〕などにおけるフィールド医学の実践から得られた所見を紹介したい。